2012年3月5日月曜日

Street Halo / Kindred : Burial

社会人になってからかれこれ20年弱、ITと呼ばれる業界で働いています。その間に目の覚めるような技術革新が結構あったんですが、名前を変えただけで概念そのものは変わっていない技術もたくさんある。例えば最近では「ビッグデータ」という単語がバズワードになりつつあるんですが、本質的に言えば20年ぐらい前からある概念です。「クラウド」という単語もそうです。IT企業はそういったハイプ的な動きをしないと、ユーザの気を引くことは出来ないんだと思う。何故こういったことを書いているかというと、クラブミュージックの世界も似たような動きをしていると思うから。


Street Halo / Kindred : Burial

数年前に新潮流となり、いまやメインストリームへと躍り出ているダブステップ。既にその後を占うジャンルとしてポスト・ダブステップが主流となっているのは御存知の通り。それらのシーンにおいて代表格と言えるアーティストがUKのBurialであることは言うまでもない。本作は去年リリースされた「Street Halo」と、今年リリースされた「Kindred」をカップリングした日本独自企画盤。これが良くない訳がない。相変わらずドープでダビーな暗黒空間を構築しており、雨がそぼ降る裏路地あたりを歩いているような感覚に襲われる。重々しく響く低音と奇怪に刻まれるグリッチノイズ、変調されたメランコリックなボーカルは唯一無二の存在感を叩き出しています。

ただし、世間が猫も杓子もダブステップとなると、リアルな本流なのか?またしてもハイプな動きなんじゃないか?とも勘ぐってしまう。いや、ダブステップの成り立ちが2ステップやドラムンベースから派生したのは知っている。でもこの周辺から聴こえてくる音楽って、20年前にブリストルから聴こえてきたMassive Attack周辺に近似しているよね。Burialが作る音楽が本当に素晴らしいのは認めるけど、クラブミュージック自体があまりにも細分化してしまい、一巡した感覚を覚えてしまうのは僕だけなのかな?メディアにここまでカテゴライズされると、冒頭に書いたような疑念に駆られてしまう。こういった状況って、アーティストにとって幸福なことなのかな。

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